さて今回は、売り手の立場からみて事業譲渡はこんな時にフィットする、というお題で整理をしたいと思います。
一言でいうと、売却に関して細かなアレンジをしたい場合に適しています。
また、読んで頂ければ分かると思いますが、買い手の場合と似ている箇所もいくつか確認できます。
ではでは、さっそく解説していきましょう。
なお、理解が進むように、株式譲渡がフィットする局面について後ろの方に記載しましたので、それと対比してみてください。
目次
事業譲渡が向いている局面
売り手の財務状況が著しく悪化している場合
一例を挙げると、会社に不採算事業があり自力では改善できそうにない状況にある時が考えられます。
その場合、その不採算事業が会社全体の業績の足を引っ張り、多額の赤字を継続的に計上していたり、債務超過に陥っていたりすることがあります。
そのような状況で会社の売却(株式譲渡)を考えたとしても、なかなか買い手が見つからないことが多く、仮に買い手候補が現れたとしても足元を見られて安値での買収を提示されることもよく見かけられます。
そうした場合、比較的よく用いられる「第二会社方式」という再生型の事業譲渡スキームを活用することが選択肢として有望です。
「第二会社方式」に基づく事業譲渡スキームの概要は以下の通りです。
大きく不採算事業を売却する形と優良事業を売却する形の2種類に分けられ、売り手の意向その他諸般の事情を勘案して、両者のいずれかを選択することになります。
「第二会社方式」に基づく事業譲渡スキームの概要
- 売り手の事業のうち、経営の足を引っ張っている不採算事業を譲渡する
- その結果、売却対象となった不採算事業は、売り手から新しい法人格(新会社または受け皿会社)に切り離される
- 事業譲渡後の売り手は、財務状況が改善された状態で、優良事業に経営資源(事業譲渡によって得られた売却収入を含む)を集中して、フレッシュスタートを図ることとなる。
- 売り手の事業のうち、収益力がある(事業継続の見込みがある)事業を譲渡する
- その結果、売却対象となった優良事業は、売り手から新しい法人格(新会社または受け皿会社)に切り離される
- 事業譲渡後の売り手は、法的整理(通常は特別清算手続)により、その法人格自体を消滅(精算)させる。
譲渡を希望とする資産・負債に関して細かなアレンジメントが必要な場合
事業譲渡は「個別承継」であるため、極めて柔軟に取引を行うことが可能です。
「個別承継」とは、事業に関する財産・権利義務を一括移転する「包括承継」とは異なり、事業に関する財産等を個別に移転することを指します。
すなわち、当事者が合意すれば、譲渡の対象とする「事業」の範囲は、いかようにも構成することができます。
工場や商品といった有形資産はもちろん、取引先、ブランド、ノウハウ、特許といった無形の資産も、個別に定めて売却することができます。
また、工場と商品は譲渡するけれども特許は保持するというように戦略的に売却することも可能です。
法人格の継続利用を希望する場合
事業譲渡を選択すると譲渡対価が株主でなく会社に入金されます。
たとえば、会社(法人格)が将来を見据えて次のようなアクションを検討中でそもそも事業継続を前提としている場合には、事業譲渡の売却収入を活用してその目的を達成することができます。
- 新規事業への投資:多角化による経営の安定化を目指す
- 選択と集中:ノンコア事業や不採算事業を切り離して、経営資源を本業に集中させる
経営者が経営への関与を減らしたい場合
たとえば、売り手(経営者)が次のような意向を有している場合、その目的を達成するために事業譲渡を選択することがあるでしょう。
- 経営の負担が少ない事業(不動産賃貸業など)のみを手元に残し、余った時間を他の目的に使いたい場合
- 高齢のため、現状の事業規模での経営が難しい場合
- 本業を売却して経営から半ば引退し、引退後の生活基盤を確保したい場合
事業承継において特段の事情がある場合
たとえば、事業承継において以下のような事情がある場合、事業譲渡が有力な選択肢となります。
- 後継者に本業は任せ(後継者が事業を譲り受る)、残した事業に注力したい場合
- 後継者の意向や能力面の問題などの理由で、全ての事業を後継者に承継させることが難しい場合
- 経営者が他界し配偶者が会社を相続したものの、慣れない事業運営が重荷となるため、身の丈に合った経営を行いたい場合
売り手が個人事業主である場合
個人事業主の場合、法人格を有しないことから、M&Aスキームの選択肢は必然的に事業譲渡となります。
株式譲渡が向いている局面
概していえば、売り手が事業譲渡が適している局面と真逆の状況である場合、株式譲渡が適しているといえます。
スピード感をもって売却取引を完了させたい場合
事業譲渡のように個別承継ではないことと、中小企業では経営者が全てあるいは大部分の株式を保有している場合が多いことから、シンプルかつ速やかに売却を完了させることが期待できます。
創業者が事業から完全引退を考えている場合
売り手は持株を手放して、創業者利潤を獲得することになります。
そのため、引退後の生活資金などにそのままただちに使うことが可能です。
なお、事業から完全に引退したくない場合は、保有株式の一部売却や段階的売却という手段を選択することも可能です。
売り手が独自で新規事業を開始したい場合
株式譲渡により、売り手は会社の経営から手を引き、事業譲渡と異なり直接売却収入を得ることになります。
したがって売り手は、完全にフレッシュな状態で、新規事業を興したり、新会社を設立したり、ベンチャー企業に投資することができます。
まとめ
事業譲渡と株式譲渡、絶対的にどちらが好ましいというモノではありません。
あくまでも様々な違いがあるということです。
ザクッとしたイメージをいえば、事業譲渡のメリットは株式譲渡のデメリット、事業譲渡のデメリットは株式譲渡のメリットといった感じで、それぞれ一長一短があります。
したがって、どちらのスキームが自らの希望にマッチしているかをよく吟味して選択するようにしましょう。